廃棄物リサイクルの現状と歴史

豊島事件(産業廃棄物不法投棄)

豊島事件とは、香川県小豆島に隣接する「豊島(てしま)」を舞台に起こりました。

瀬戸内海に浮かぶ自然豊かな島が、不法投棄によって長い間汚染され続け、史上最悪の不法投棄事件とも言われています。

 

1.豊島事件の概要

1978年より、「豊島総合観光開発株式会社」(以下、豊島観光)によって長年この地域が不法投棄によって汚染され続けてきました。処分業許可外の多種多量の廃棄物を不法に運搬し、悪臭・騒音・野焼きによる煤煙などが島の住民を苦しめ、発病に至ったケースもありました。

1990年に兵庫県警により豊島観光が摘発され、さらには国を動かすまでの事件となり、2000年にようやく公害調停が成立しました。ただちに公費による原状回復作業が開始されましたが、およそ94万トンにも上る廃棄物と汚染土壌の処理は容易いものではなく、今もなお搬出が続いています。

 

2.不法投棄された背景

1975年に豊島観光が、有害産業廃棄物処理場建設の許可申請を行ったことが発端です。豊島観光は以前より違法な埋め立てなどを行っており、島の環境破壊を恐れた住民は反対運動を起こしました。その際に激しい軋轢が生まれましたが、建設する処分場の処分許可内容を変更することで和解が成立し、一旦は落ち着いたかのように見えました。しかしこれは事件の始まりに過ぎず、以後約10年もの間、処分許可外の大量の有害廃棄物が野焼きされるなど、不法投棄が行われることとなったのです。

この間住民は当然香川県に抗議しましたが、県からは「許可外の廃棄物とみられるものは有価物である」「野焼きについては焼却設備の指導を行っている」といった旨の回答があったのみで、何の改善も得られませんでした。

後に県が豊島観光に、本来有害な廃棄物となるものを有価物として取引するよう助言をしたことが発覚しました。豊島観光からの圧力があったとの供述もあったとはいえ、当該事件では、悪徳業者のみならず行政側も不法投棄に加担したという見方もとれます。

 

3.事件としての発覚

豊島観光の経営者は1988年に検挙され、1991年に有罪判決が下されました。長年続いた不法投棄は止み、原状回復に向けて住民は活動することとなりました。

 

4.その後の経緯

豊島観光の業務停止処分を受け、香川県は原状回復に取り掛かるが、ドラム缶などのごく一部の廃棄物が対象でした。有害な廃棄物は依然残されたままであったので、当然住民は撤去の要求をしましたが、独自の調査では基準値以下で害がないとし、大部分の廃棄物が残されたまま香川県は「安全宣言」を出しました。

島の住民はそれでも諦めることなく、今度は国に働きかけることにしました。東京へも赴き、マスメディアに取り上げられ、ついには国が動きました。科捜研による調査で、豊島は史上類を見ない規模の汚染にさらされていることが判明したのです。

その後、2000年に県と住民との間で公害調停が合意され、知事が初めて公式に謝罪するに至りました。

現在も豊島では原状回復のための作業が続いており、現時点では2016年10月に終了を予定しています。およそ94万トンの廃棄物と汚染土壌を約560億円もの莫大な費用をかけて処分しており、一事業者が起こした事件の代償としてはあまりの大きなものとなってしまいました。

 

 


画像出典 豊島事件の経緯 | 豊島・島の学校

<参考>

豊島産業廃棄物不法投棄事件─その倫理学的検討のための予備考察

豊島

豊島産廃不法投棄事件の処理費用について

 


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